何となく、昔乗ってたバイク達。
ネットで画像を探したけど、色は殆ど違うけどね。
16歳で原チャリの免許を取り、その後普通に中免を取りに教習所へ。
僕の前の世代から中免なんてふざけた階級制度が出来上がってた。
教習所の最初のオリエンテーションは雪の中で。帰り道で車に泥水を跳ね上げられて汚れた事を今でも覚えてるよ。
さて、昔の愛人達。乗った順番に。
最初は、KawasakiさんのZ400B1。これは中古だったけど、あっという間に地元の先輩に潰されて泣く泣く廃車。今でも泣けてくる。

色はグリーンだったよ。
次はバイト先の人に譲ってもらった、HONDAさんのHawkⅡ(ヤカンタンク)で、車検まで半年位だったかな。

友人が免停になって鮫洲まで乗っけて行く時に左折トラックに巻き込まれそうになって、右の後ろのウインカーのステーが折れたっけ。よく死ななかったと思う。
通学バイクでした。色は、チョコレート色。
その次は、初めての新車。SuzukiさんのGSX400F。上野のバイク屋さん街で買った。HawkⅡを下取りにしてね。

色は赤。兎に角デザインが好きだった。
途中でパーツがゴソッと盗まれた事もあり、半年位放置してたけどキーを挿したらバッテリーが生きてた事が愛おしくてパーツを買い求めて復活させたっけ。フロントフォークはF2用のアンチダイブ機構を持つものに変更したのも懐かしいね。
その後、ペイント屋さんで色を変えたり、様々な改造を行いお巡りさんに何度もこれ何だ?次会う時まで直して来いと言われ、少し地味に戻した事もある。
因に族車っぽくじゃないからね。
デュアルヘッドライトのRGB500タイプのハーフカウルや、CBX400用のウインカー一体型のテールランプとか移植したもの。
最後はカウルを外して、RZ用のハンドルとSRX用のフロントウインカーにした。
前から見るとYAMAHA車で、後ろから見るとHONDA車、中身はSuzuki車。
フロント19インチは曲がる時に気合いがいるのと、オイルパンの容量が少ないのか夏場は湘南まで行くと途中でオーバーヒートしてた。
その次の次の次は、HONDAさんのCBR400F。

これは、ペイント屋さんがイベント用にカスタムしたものをノーマルに戻して新古車として安く売ってくれたもの。
で、色は中学からの友人にデザインしてもらい、カスタムペイント。その友人はもう死んじゃったね。
そいつも当時はCBRだったから兄弟車のようなデザインだったよ。
これだけは今でも手元に写真が残ってる。
購入代金は、定時制に通ってた頃の同級生にGSXを譲った金がそのまま流れたな。
これはねぇ、緩いカーブで停車していたトラックから出ているナイロンロープが道を横切るように伸ばしてあって、それにフロントをもっていかれて転倒したのを切っ掛けにペイント屋に売り払った。
前がもっていかれると立て直せないんだよ、下手だからな。
何故か、原チャリ。YAMAHAさんのJOG。

たぶん色もコレ。上野のバイク屋さん街で中古で購入。
なんとなく足が欲しくてね。
納車になって帰宅途中、前方を走る乗用車の後部座席に小さな子が乗ってたんだけど、こちらを見てたんでつい楽しくなって後ろを走ってたらガス欠になり、ガソリンスタンドを探して押して歩いた忌まわしい思い出がある。
こいつはキャブレターが弱いようで、何度が修理に出した。そこの店がダメなせいもあるけど。
さて最後は、HONDAさんのGB250クラブマンって単気筒。

職場の同僚の知り合いから格安の中古で譲り受けた。
都内から埼玉と茨城と栃木と群馬の県境まで乗って帰ったけど、素手だったから手が痺れたっけ。
コイツは駅までの通勤用で使ってたな。
キャブレター周りのガスケットか何処かがヘタってて、混合気がやたら薄くなってたんでアイドリングが安定しなかった。
燃費は驚くほど良かったけどね。
最後はシートも破れたり、タンクの小さな凹みから小さな穴が開いてしまい、廃車にした。
初めての単気筒は慣れなかったね。
単気筒なのに、マフラー2本出しって凄いよね。
ふぅ、ここまで書くと疲れるなぁ。
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