2011.3.11
この日は忘れてはいけない日になってしまったね。
地震と津波だけなら、きっと被災した地域だけがずっと記憶し、それ以外の地域の人は刻ともに記憶から薄れてしまったことだろう。
僕にとってもきっとそうだった筈。
地震があった日は金曜だったから勿論職場に居た。
揺れ始めて、大きくて長い事に段々と恐怖を感じたのは確か。
愛妻ちゃんからは揺れてる最中に、ショートメールで「大丈夫」の連絡があり、上の子供達にも直ぐに連絡を入れたり、ネットで地震速報を検索したり。
その間も余震は続き、間もなく鉄道が次々と運転見合わせになった頃にようやく早めに帰宅して下さい指令が。
結局、目黒から池袋まで歩き池袋からはバスで赤羽に。ここで力尽きたというか、既に次の日の午前2時30分。
深夜バスもあるはずもなく、荒川を超える脚力も無く夜を駅ビル内で過ごして、翌朝9時過ぎに動き始めた京浜東北線に乗り、最寄り駅行きの電車は止まったままなので、途中下車してバスに乗り換えてようやく帰宅したのは10時前だった。
災害が起こったら帰宅できねぇな、で終わる筈だった。
けどね、原発っていう問題があったんだよね。
東京電力福島第一原子力発電所と第二発電所。こいつらが津波で安全ではなくなっていやがった。
もともと安全神話なんて信じちゃいなかったけど、問題が起こってからの東電と官僚機構と政府、御用学者、マスコミの隠蔽体質や安全デマの酷さはご存知の通り。
もともと反原発という考え方だったけど、ココまでの問題が起こることはさすがに思ってなかった。
たぶん、普通に過ごしてる人は同じだったと思う。
原発や基地はいらないって言ってきたけど、これらは全て過疎地のような経済基盤の弱いところに「金」と「仕事」を交換条件に危険を押し付けてきたってことなんだよね。
そういう地元の人の弱みにつけ込んで騙してきた事を思うと、単純に受け入れた地元を責めるのはフェアじゃないってことなんだよね。
莫大なお金を落とし、人間が制御出来ないものを生命と引き換えにさせるって、どんだけの弱い者イジメなんだろう?
僕等はそういうイジメの構造の中で、原発がないと生活出来ないみたいな幻想を植え付けられて、無邪気に生きてきたってことだ。
どこに原発がおっ建ってるとか何基あるとかなんて、少しも気にしなかったという無関心さがダメなんだ。
今回の原発の問題は、この後もずっと引き摺っていかなくてはいけないし、放射能や放射性物質と向き合っていかなきゃいけないってこと。
正直ね、テレビや新聞(とってないけどさ)での報道を目にすると、やり切れなさと怒りのぶつけ処が見つからなくてイライラする。
以前にも書いたかもしれないけど、原発に変わるエネルギー開発(実際には地熱発電とかって海外に売ってたりするんだけど)を進めて、効率を良くしていくように仕向るように、政策の転換が必要なんですよ。
日本は火山国だから地熱発電は可能だし、風力発電だってある。海流っていうのは無いのかな?海に囲まれてるし。
ソーラーパネルだってビルやマンション、一般住宅なども全部必須にすればいい。
ゴミを燃やすときにタービン回せるか知らないけど、それで発電とかってムリ?
皆で考えればいいと思う。
ま、とにかく電気事業を独占にしてること事態間違った政策なんだろうな。
ん~、今回は長いね、m(_ _)m