子供の方は小学生なんだろうね。そして父親とともに途中駅から電車に乗り込んでくる。
よく見ると手話で話をしていた。耳に障害があるのだろうか?
子供の方なのかな?少しだけ他の子供と違うから近くの学校に行けなくて、電車で通学なのかな?等と考えてしまう。
僕の話になるけど、僕は斜視である。結構な違いらしい。10年近くなるかな?健康診断で眼圧異常と診断され、再検査がてら斜視も診察してもらった。
斜視のおかげで、両目で焦点を合わせて物を見るということが、とてつもなく難しい。はっきり言って無理です。かつて東京ディズニーランドのアトラクションで、「キャプテンE.O」なるものがあって、3Dメガネをかけて見ると立体として見えるらしい。すごい臨場感らしい。が、僕にはただのダブった線で見難い画像だった。あの時、初めて両目で見れない事が、こういう事なんだって知った気がしたっけ。
まだ幼稚園に通園している頃、園の帰り道に母親が待っていて、そのまま電車に乗って、どこかの大学病院で、両目で物を見る訓練をさせられたっけ。
話は戻るけど、パッと見は普通でもちょっと違うなんて事は、よくあることなのかもしれない。よく電車で見かける子もそうだしね。
多少の違いが普段の生活に支障をきたさないような世界、周囲が奇異の目で見ないそんな世の中になるといいなと、改めて思いました。
好きな映画で、「陽のあたる教室」というのがあります。

もう古い映画になってしまうけど、最後の方で、耳に障害のある息子に向かって、父親である音楽の先生が「Beautiful Boy」を歌っていたっけ。耳に障害があっても、スピーカーの上に座る事で振動を体で感じ、音楽を楽しめる。
なんだかね、共生ってなんだろうって、思ったりしてます。
共に生きる。って簡単じゃないけど、障害を不自由と感じるのではなくて、不自由だとかってに考えるのではなくて、普通に生活していけるようにしていくことなんだろうな、と感じました。
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